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福岡県の雨漏りドクター 高島です。「ライフストーリーその2」

全国にいる「屋根雨漏りのお医者さん」の職人をご紹介させていただきます。
町で見かけましたら、お気軽にお声掛けください!

福岡県の雨漏りドクター 高島です。「ライフストーリーその2」

■「ライフストーリーその2」
こんにちは。
福岡で雨漏り修理に飛び回っている屋根雨漏りのお医者さん、高島です。

今回は、私のライフストーリー後半です。

私の生き方、考え方を少しでも分かっていただき、
共感していただけたら幸いです。

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私が人生で一番苦労したのは、会社の社長になった時です。

私は34歳で社長になりました。

普通は、2代目で跡を継ぐ時にはよくゼロから継ぐ、と言いますが、
うちは借金があって、その借金を持って継いでしまったこともあり、
お金のことには大変苦労しました。

ちょうどその時に職人もみんなやめてしまって、
自分と一緒に働いていた人間もやめて、
一から、新しい人間を入れる苦労、というのもダブルでしています。


景気的にも、バブルもちょうど終わって、本当に何もなくなった。
そこから努力をして来ました。
何もなくなって、失うものが何もないから、前に進むしかない。

そういうことで、一生懸命仕事をしたら、どんどん仕事は増えてきて、
社長になって、右肩上がりに業績も伸びて行きました。


だけど、人間も入れていくし、業績ものびますからね。
伸びていくけれど、問題はお金がないんです。

通帳に何万という残額しかなくて、
うちは給料日は5日なんですけど、
5日に自分の給料が出なくて、10日の入金があるまで待つ、
というのは何年もやって来ました。

周りで働いている人間にはきちっと給料を渡しているからわからなかったかもしれませんが、私はもう崖っぷちで6、7年くらいやって乗り切って来ました。

よく「2代目は危ない」と言います。
確かに、私も気持ち的には親の跡をついで道をつないではいるんですが、
一代目の気持ちで、自分がダメになった時に、人に頼らずに生きていこう、
という強い決意がありました。

今思うと、「若い時の苦労は買ってでもしろ」というのはよく分かるんです。
何でかというと、若い時にどんなに苦労したって、
人生でマイナスになることはないんです。

社長になった時の苦労が半端でなかっただけに、その時代を味わっていますから、
その後に不況があって、どんどん景気が悪くなってきて、もうバブルの頃には戻らない。そんな大変な時期でも、あの時の苦しさを考えると、どうもないです。

ほんとうに頑張って、後ろは見ない、
前を向いて、前向きに生きていく、という強い決意でやっていますから、

一つの山を乗り越え、次の山、また次の山、とチャレンジして、
そのチャレンジを何度も繰り返すと、力になって、人間というのは強くなります。

だから、今、自分があるのもそうだし、
今、私が改めて「継続は力なり」という言葉を噛み締めています。

これは本当に難しいんですが、
会社経営にしても何にしても、
大きい小さいに関わらず、何十年、何百年と継続するというのは
本当に、今は難しい時代です。

その「継続していく力を養う」には、
やっぱり、苦労するというのが大切で、

苦労しながらやっていった人間が勝ち残るんだな、
と改めて思っています。

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私の拙いストーリーをお聞きいただき、
ありがとうございました。

前半は「ライフストーリーその1」に上げてありますので、御覧ください。
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